2006年 09月 13日

続 9.11

やはり何度見てももの凄い映像でした。
「世界中の人が、あの時自分はこうだったって覚えている日付は他にはない」
という筑紫哲也氏のコメントはその通りで、詳しい事は書きませんが、5年前の事はよく覚えています。現場にいないのに受けたもの凄い衝撃、恐怖…………忘れる事は出来ません。

特番で知ったタワー内での様々なエピソード。あの日の約1ヶ月前にテロの可能性があるという報告を受けながら無視した大統領。そして特番で流れたけど、2機目が突っ込んだと報告を受けた時の大統領の顔…………「マジで…………オレどうすりゃいいの!?」的な表情に唖然としてしまった。この人の判断ミスで世界が変わってしまった。

避難中、階段で身体が弱くて動けなくなった人を励まし一緒に避難していた3人。その人がいよいよ動けなくなり、ビルの崩落が迫る中、決断の時が迫る。1人は仲間とそこまで一緒に避難してきた人を置いて避難。もう1人は最後までその身体が弱い人に付き添い、共に亡くなってしまった。自分ならどうしただろうか? 想像し難い壮絶な現場で、最終的には人間の本能『死にたくない』っていうのを選びそうな気がする。避難出来た人は「何故自分は助かってしまったんだ」と悩み苦しんでいるシーンは何とも言えず涙が出た。事件のショックとは別のショックを一生引きずっていかなければならないのだ、あの人の判断ミスがあったために…………。

日本人も24人が犠牲になりました。昨夜のニュースはグラウンドゼロでの式典を数分放送した後、急転。いち高校球児の進路決定ニュースに沸く日本ていったい…………らしいと言っちゃぁらしいんだけど。日本における 9.11 はもうこういう存在なのだ。

専門家は次なるテロを指摘していた。前回以上の規模だと。いつ何が起きてもおかしくないと。ビルから生還した人が「与えられた時間を無駄なく精一杯生きる」と言ってたのが印象深く、心に響いた。
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by umamai | 2006-09-13 07:06 | moment:life | Comments(4)
Commented by ナオ at 2006-09-13 09:13 x
私も見ました。 涙が止まりませんでした。 自分に大切な家族があるならば私はハリーのようになれないかもしれません。色々考えました。 私はテロの翌年の春にNYに行きました。現地の人と話す機会があったのですが、あのテロで友人を亡くした彼は9.11以降グラウンドゼロに近づくことすら出来ないと言っていました。そしてテロは報復しかないとも言っていました。自分がテロ以降に新しく学んだ単語がretaliationというのも複雑です。
Commented by rin-roro at 2006-09-14 00:32
<昨夜のニュースはグラウンドゼロでの式典を数分放送した後、急転。いち高校球児の進路決定ニュースに沸く日本ていったい……
まったく同感です!マスコミの切り換えの早さなんかに惑わされないで、ちゃんと「あの日」のことを心に刻んでおこうと思います。
Commented by umamai at 2006-09-15 06:29
●ナオさま.....やはりいろいろ思い出してしまって、筑紫さんのいう通りの日だなぁ〜って思いました。そうですか、翌年に。あの場所は死ぬ前に訪れなきゃならない場所だなと思ってはや5年。来年後半あたりに行けるかなぁ〜と漠然ですが、計画中です。大統領の記者会見を見て、さらに腹が立ったというか、無責任すぎるなと。
Commented by umamai at 2006-09-15 06:33
●rin-roroさま.....マスコミはマスコミ、自分は自分。コレでいいと思います。この事件はけっして忘れる事が出来ません。他国で起きた事件なのに忘れる事が出来ません。多くの人がグラウンドゼロより裕ちゃんの進路が気になったんす…………しょうがないです。


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